2010年11月27日土曜日

メタルのカエル

 メタルのカエルが自宅の部屋の中に居る.バイク乗りカエル(右の写真)とバンド演奏カエル(下の写真)は、ボルトやナットやワッシャや鉄線などのメタル部品を巧みに溶接して、カエルの様々な姿態を形作ったオブジェである.何とも渋くて格好良く、眼の部分には瞳のように光を映して、表情も豊かだ.夏に九州まで自家用車で往復した時に、中国自動車道の吉和サービスエリアで入手した.サービスエリアの売店の一画にメタルカエルコーナーがあり、楽器演奏とバイク乗車のカエルたちを売っていた.楽器カエルにはボーカル&ギター、ドラム、サックス、トロンボーン、トランペットなどを演奏するものがあり、バイクカエルはバイクのパイプの構造などが若干異なるタイプがいくつかあるのみで、ほとんど同じスタイルのものが並んでいた.クールなバイクカエルの他に我が部屋常駐のバンドメンバーとして、ボーカル&ギター、ドラム、サックスのカエルを連れ帰った.
これらのメタルカエルたちを、はたして誰がどこで作っているのだろうかと気になって、試しに『メタルカエル』でグーグル検索したところ、いろいろ出てきた.どうも北海道の『仁木きのこ王国』で売られているカエルと同じ物のように見える.もっと上等に仕上げられたものはアーサ・ワードという人のメタルカエル作品群だ.かなり精巧な細工で着色もされていて、完成度が高い.こちらがオリジナルで、私が入手したのはこれらのコピー商品と言うかいわゆるバッタもんなのだろうか.いずれにしても、私は大変に気に入っている.目下のところ心配なのは錆が来ることである.カエル達には仕上げの油が薄く引いてあるように見えるが、海の近くの我が家では、空気中に海水の微粒子が常時漂っていると信じてよいくらい金属製品が錆びやすい.どのタイミングで KURE CRC 6-66(海用防錆剤)を吹き付けてやろうかとタイミングを計っているところである.

2010年11月25日木曜日

しんかい 2010 デビュー

 11 月 14 日に『しんかい2010』ブルースユニットが下田市民文化会館大ホールでデビューした。4 曲披露したのだが、とにもかくにも良い経験となった.小さな部屋でお互いの音を生に近い状態で聞きながら掛け合いつつ演奏する感じが、800 人収容できるホールの大きなステージの上で、音はモニタースピーカーから聞きながら演奏するという環境とは全然違うことを実感した.客席は真っ暗な海のようで、まるで聴衆の顔が見えない.これはなんだか受け取り手の顔が見えない状態で贈り物をするような感じで、何とも不安定な心持ちとなった.イントロは Little Walter の演奏による Just Your Fool のイントロ部分のコピーから入ったのだが、ウェットスーツにフィンという動きにくい出で立ちでステージに歩いて出てゆくプロセスで、なんだかヘンテコな吹き方となり、出足から音がこけてしまった.ネクトンB 氏によるギターのフォローですくわれたが、リラックスしていたつもりだったのに、緊張が走った.1 曲目の Don't Get Around Much Anymore と St. Louis Blues の組み合わせ替え歌曲で、落下状態から機首を立て直し、何とかなる気がしてきた.2 曲目の Hoochie Coochie の替え歌は、やはり緊張のため、打合せでのフレーズリピートの回数のお約束が頭から飛んでしまい、ちょこっと道に迷い、再びネクトン B 氏に拾ってもらった.だんだん場に慣れてきて、3 曲目のオリジナル曲からのプランクトン T ネエさんとニューストン・キッズの懸命のダンスを見ているうちに気持ちが和み、ラスト 4 曲目はちょこっとグルーブ感も生じてきて、なんとか盛り上がって終わることができた.盛り上がってきて、いよいよこれからだぞ、という感じのところで終わりになったのが、残念だった.伊豆海洋自然塾の広報&宴会部長である O ナベ氏がスチル画像の撮影とともに演奏の一部始終も録画して下さり、YouTube にアップして下さった.準備段階から当日まで、ワイワイと楽しかったイベントが、なんだか今は遙か昔のことのように回想される.ネット画像は、その回想のよすがとなっている.

2010年11月14日日曜日

街の灯を抱きしめたい

 ビルや鉄塔や民家が密集して並ぶ夜の街の灯を遠くから眺めるのが好きだ.建物の色やら細かな形やらは消し飛んで、人の気配や人の活動の証しのみを遠くから望んでいるような気持ちになる.大小色とりどりの灯りの点の寄り集まりが何とも美しくも愛おしい.そこかしこに散らばった灯りたちを、人々の営為を、両手で掻き集めて抱きしめたくなる.特に好きなのは、多摩川や隅田川など大きな川の下流の川幅が広いところで、橋の上から望む景色である.街の灯りの塊を川でスッパリと切り落とした断面のようで、手前を遮られることのない光の広がりが遠くまで続く.街の灯は楽しい.街の灯は嬉しい.突然ポップアップする街の灯もある.下りの小田原厚木道路だろうか、ナトリウム灯と暗闇のつくる黄色と黒の縞模様が内部を彩るトンネル (写真右上*) を抜け出ると、いきなり市街地の灯りが視野全体に広がる(写真右下).下り坂なので、スピードが出ていると車ごと灯りの景色のなかに突っ込んでゆく心持ちになる.こんな場所の街の灯は、驚きを伴って嬉しく美しい.      
 * 追記:弁天山トンネル(980 m)でした.

2010年11月13日土曜日

小春日和に気を許す

 11 月の前半で海水温がぐぐっと急激に 4 ℃ ばかり下がった.11 日、小春日和の心地良い日に定期計測に出かけた時には、水深 10 m で 19.6 ℃ だった.透明度が上がり、浅い所では海水がガラスのように見える.波打ち際の風景は石垣島か宮古島かといった風情である.前日とは打って変わった穏やかな日で、気持ちよく潜水することができた.この日を選んで潜ったわけではなく、前月から予定していた調査日がたまたま好条件の日になり、海の神様に感謝したいところだった.適度にひんやりした澄んだ水の中で気持ちよく潜って、ホンベラやらオハグロベラやらの訪問を受けながら、海藻の計測を順調に終えた.ご機嫌な気持ちになって、コンパスの目盛りを別の場所で作業中のY 氏のいる方に合わせて泳ぎ出した.訪問がてら、もう少し水中散歩がしたかった.エビ採集トラップの設置作業完了を見届けて、そろそろ上がろうかと自分の手元をみて驚いた.水中ノートに取り付けていた物差しとノギスが無くなっていた.しっかりと結わえ付けておくので、落とすはずはないのだが、どこかに引っ掛けたのかもしれない.2001 年から海藻計測に使い続けていた道具を失くしてしまい、なんだか海の中で体の一部をもがれたような気分だった.しばらく探しても発見できず、残念無念に包まれて浮上した.計測を終えてすぐに船に戻れば問題はなかったはずだった.浮かれ気分が災いした.

2010年11月12日金曜日

釜で飯を炊く

 五合炊きの亀印文化鍋で飯を炊くようになって久しい.電気炊飯器に戻る気持ちはもう起こりそうにない.朝5合の米を研いでざるに上げておき、夕食の準備開始と同時に鍋に戻し、適量の水を加えて火にかける.沸騰して吹き始めたら最も弱い蛍火にして10 分炊く.最後に強火で 1 分だけ炊いて残りの水分を飛ばす.そのあとは、蓋を取らずに 10 分置いて蒸らし、蓋を取ったら底の方からしゃもじでかき混ぜて、ふっくらさせておく.その日に食べる1 膳分を確保したら、残りは暖かいうちに 1 膳分ずつラップに包む.粗熱がとれたら、冷凍庫に入れる.食べる度にレンジにかければ、炊きたてに近い感じのご飯になる.わたしのご飯茶碗の場合、5 合からふつう 7-8 膳分取れるので、昼夜に 1 膳分ずつ食べると(私は朝はパン食である)、その後 3 日くらいは米を炊かなくて済む.炊き上がりまで 30 分かからないし、ずいぶんと美味しく仕上がるので、この炊飯プロセスがすっかり気に入っているのだ.

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